【意義】
システム開発基本契約書(多段階契約型)は、システム開発基本契約を締結し、要件定義から運用テストまでの個々のフェーズごとに請負又は準委任のいずれかを選択しながら個別契約を締結する場合に用いられる契約書で大規模なシステム開発で用いられます。
この多段階契約型は、委託者が受託者に対してシステム開発における要件定義作成業務から運用テスト業務までを一括して委託する場合の一括請負型とは異なる方法になります。
【請負又は準委任の別】
要件定義から運用テストまでのフェーズで何を請負にし、何を準委任とするのかの問題については、例えば、次のような形にすることがあります。
(1)要件定義から外部設計まで(準委任)
委託者の役割が大きく受託者だけでは仕事を完成させることができないため。
(2)内部設計からシステムテスト(請負)
委託者の役割が小さく受託者だけで仕事を完成させることができるため。
(3)導入支援から運用テスト(準委任)
委託者の役割が大きく受託者だけでは仕事を完成させることができないため。
【個別契約】
個別契約においては、請負又は準委任の別のみならず、作業項目、作業期間、納入物、納期等の詳細を取り決めることになります。
なお、上記の作業項目の名称については、次のような形で請負又は準委任のどちらを意図しているのかを意識する必要があります。
ex.要件定義
請負の場合 ⇒要件定義書作成
準委任の場合⇒要件定義書作成支援
【個別契約の締結の考え方】
システム開発基本契約(多段階契約型)における個別契約の締結の考え方については、次のものがあります。
(1)合理的な理由がある場合を除き個別契約の締結を相互に義務付ける場合
⇒契約の拘束力が強くなります。
(2)事由の如何を問わず個別契約の締結を相互に義務付けない場合
⇒契約の拘束力が弱くなります。
【見積書】
システム開発基本契約(多段階契約型)を締結する前にベンダー選定のため受託者から委託者へ委託料総額の概算としての見積書を提出している場合がありますが、その見積書の見積金額は、あくまでもその提出時点での見積もりに過ぎず、実際の個別契約締結時には、その金額が変動している可能性があります。
そのため、受託者としては、システム開発基本契約(多段階契約型)において、事前に提出した見積書に拘束力がないことを規定する必要があります。
【役割分担】
システムを完成させるには、委託者による要件提示と受託者によるプロジェクトマネジメントの実施がそれぞれ必要であり、委託者又は受託者が自らの役割を怠ったときは、相手方に対して損害賠償責任を負うことが規定されます。
なお、それぞれの役割分担を、次のように具体化した上で、これをシステム開発基本契約(多段階型)等に規定することがあります。
「委託者」
(1)委託者内部で要件の意見統一を行った上で要件を決定すること。
(2)決定した要件を明確に受託者へ通知すること。
「受託者」
(1)開発の進捗状況を管理すること。
(2)開発作業を阻害する要因へ適切に対処すること。
【マルチベンダー体制でのプロジェクト】
複数の受託者が作業を分担するといったマルチベンダー体制によりプロジェクトを実施する場合、一つのソフトウェアの仕様が他のソフトウェアの仕様に影響することがあり、ソフトウェア間の整合性及び受託者間の調整を図らなければいけないことがあります。
この点、ソフトウェア間の整合性及び受託者間の調整については、委託者が全体の状況を知ることができるとから、委託者がその整合性及びその調整を図らなければいけないとすることがあります。
【業務責任者】
システム開発基本契約(多段階契約型)では、開発の現場に多数の者が関与し、権限があいまいになるおそれがあり、また、委託者が受託者の担当者に直接に業務上の指示等を行うと偽装請負となる可能性があるため、業務責任者の規定が定められ、委託者及び受託者は、それぞれの業務責任者を通じて相手方に対して意思決定、同意、指示等を行うこととされます。
ただし、契約変更、契約解除等に関する事項については、業務責任者は、これらの権限を有しないとする形が一般的です。
【作業環境】
システム開発では、作業場所、機器、設備、回線等が委託者から受託者へ無償で提供され、委託者がその提供を遅延したときは、受託者は、委託者に対し、何らの責任を負わないことがシステム開発基本契約(多段階契約型)に規定されることがあります。
【連絡協議会】
システム開発基本契約(多段階契約型)では、委託者と受託者の双方の業務責任者等が出席した上で共同作業の進捗状況の確認、報告等を目的として、定期に又は必要に応じて連絡協議会を実施する形が一般的です。
連絡協議会では、決定事項を明確にする観点から、議事録が作成されるのが通常であり、受託者がこれを作成することが多いといえます。
なお、議事録は、委託者と受託者との間の交渉過程、経緯等が記載されていることが多く、紛争時の重要な証拠となり得ます。
【要件定義書作成支援業務】
受託者が要件定義書作成支援業務を実施するときは、委託者の要件定義書作成作業が適切かつ円滑に実施されるよう、受託者は、調査、整理、提案、助言等を通じて委託者を支援する形になります。
そして、委託者が要件定義書作成を完了したときは、委託者及び受託者は、連絡協議会での決定事項に適合するか否かの確認を行い、適合すると判断したときは、これにより、要件定義書が確定し、その証としてそれぞれの業務責任者がこれに記名押印する形となります。
なお、要件定義書作成支援業務は、仕事の完成を目的とした請負ではなく、準委任であるため、念のため、作業期間内に要件定義書が確定しなかったとしても、受託者は、その点について責任を負わない旨の規定をシステム開発基本契約(多段階契約型)に規定することがあります。
【外部設計書作成支援業務】
受託者が外部設計書作成支援業務を実施するときは、委託者の外部設計書作成作業が適切かつ円滑に実施されるよう、受託者は、調査、整理、提案、助言等を通じて委託者を支援する形になります。
そして、委託者が外部設計書作成を完了したときは、委託者及び受託者は、連絡協議会での決定事項に適合するか否かの確認を行い、適合すると判断したときは、これにより、外部設計書が確定し、その証としてそれぞれの業務責任者がこれに記名押印する形となります。
なお、外部設計書作成支援業務は、仕事の完成を目的とした請負ではなく、準委任であるため、念のため、作業期間内に外部設計書が確定しなかったとしても、受託者は、その点について責任を負わない旨の規定をシステム開発基本契約(多段階契約型)に規定することがあります。
【システム開発業務】
受託者がシステム開発業務を実施するときは、前工程で確定した要件定義書及び外部設計書をもとに内部設計、プログラム製造、単体テスト、システム結合及びシステムテストまでを実施することになります。
【検収】
受託者から個別契約で定めた納入物が要件定義書及び外部設計書(=仕様書)に適合するか否かを委託者が個別契約に定める検査期間内に検査し、検査合格の場合には、納入物の引渡しが完了し、検査不合格の場合には、受託者にその修補を求めることになります。
そして、検査期間内に委託者が検査の結果を受託者に対して通知しないときは、その期間経過後に納入物が検査に合格したものとみなすことが多いといえます(=みなし検収)。
なお、システム開発基本契約(多段階契約型)では、検収の判断基準については、検査仕様書を用いることがあり、次の方法で検査仕様書を用意することがあります。
ex.委託者と受託者との間で作業期間等を取決事項とした個別契約を締結した上で調査、整理、提案、助言等を通じて受託者が委託者を支援する形で委託者が検査仕様書を作成し、これが仕様書に適合しているときは、受託者がこれを承認し、その承認をもって検査仕様書を確定させ、その証として承認した検査仕様書に受託者が記名押印する方法
⇒受託者による上記の検査仕様書作成支援は、仕事の完成を目的とした請負ではなく、準委任であるため、念のため、作業期間内に検査仕様書が確定しなかったとしても、受託者は、その点について責任を負わない旨の規定をシステム開発基本契約(多段階契約型)に規定することがあります。
【契約不適合責任】
検収完了後にシステムについて仕様書に適合しないことが発見されたときは、委託者は、受託者に対し、その修補を請求することができる形が一般的です。
ただし、無制限に修補を請求できるのではなく、契約不適合が発見された旨を検収完了後一定期間内に委託者が受託者へ通知することを条件とし、その契約不適合が軽微な場合であって、その修補に過分の費用を要するときは、受託者は、修補義務を負わないとすることが多いといえます。
【導入支援等業務】
受託者が導入支援等業務を実施するときは、委託者が実施するシステムの導入及び運用テストが適切かつ円滑に実施されるよう、受託者は、調査、整理、提案、助言等を通じて委託者を支援する形になります。
導入支援等業務が終了したときは、受託者は、報告書を委託者へ提出し、その内容に疑義がないときは、委託者は、受託者に対して記名押印付の確認書を交付し、これにより導入支援等業務が完了したものとします。
なお、導入支援等業務は、仕事の完成を目的とした請負ではなく、準委任であるため、念のため、作業期間内に導入支援等業務が完了しなかったとしても、受託者は、その点について責任を負わない旨の規定をシステム開発基本契約(多段階契約型)に規定することがあります。
【中間資料の委託者による承認】
作成途中の仕様書又は検査仕様書で最終版に該当しないもの(=中間資料)について、作業の手戻りを防止するため、受託者が委託者に対して必要な部分を提示した上でその承認を求め、委託者がこれを承認したときは、その部分が確定したものと取り扱うことがあります。
【仕様書等の変更】
確定した仕様書若しくは検査仕様書又は中間資料を変更するときは、その変更を希望する当事者の業務責任者が相手方に対して変更理由等を記載した変更提案書を提出し、その変更提案書をもとに連絡協議会においてその可否を協議します。
その協議の結果、確定した仕様書等の変更を承認するときは、その証として、双方の業務責任者が変更提案書に記名押印することになります。
【権利侵害の責任】
委託者が納入物に関して第三者から権利侵害の申立てを受けた場合において、次の条件を全て満たすときは、受託者は、委託者に対し、敗訴判決の確定又は交渉における和解等の確定的な解決により委託者が支払うべきとされた損害賠償額等を支払う形が一般的です。
(1)委託者が納入物に関して第三者から権利侵害の申立てを受けた場合において、一定期間内にその旨を受託者に対して通知していること。
(2)委託者が受託者に対して第三者との交渉又は訴訟の遂行に関して実質的な参加の機会及び全ての決定権限を与え、並びに必要な援助を行っていること。
ただし、次のいずれかに該当するときは、受託者は、上記の責任を負わないとされることがあります。
(1)委託者が納入物を変更し、又は受託者が指定した稼働環境以外の環境でこれを使用したとき。
(2)第三者が開発したシステム又はモジュールとともに委託者が成果物を使用したとき。
【損害賠償責任の制限】
システムの稼働に不具合が生じ、逸失利益が生じた等のトラブルが多く、損害賠償額が高額になりやすいこと、開発したプログラムに不具合が含まれることは避けられないものであること、知的財産権侵害に関する調査の限界等から、システム開発基本契約(多段階契約型)では、一例として次に掲げる項目を規定することにより受託者の委託者に対する損害賠償責任を制限することがあります。
(1)受託者の損害賠償責任の範囲外となる損害
⇒次に掲げる損害が委託者に生じても、受託者は、損害賠償責任を負わないことを規定する。
a.特別事情による損害(予見すべきであったか否かを問わない。)
b.逸失利益
c.データ、プログラム等の無体物の損害
d.第三者からの損害賠償請求に基づく委託者の損害
(2)請求期間の制限
⇒検収完了日又は業務終了日から一定期間を経過した後においては、委託者は、もはや受託者に対して損害賠償請求することができないことを規定する。
(3)損害賠償責任の累計総額
⇒一定期間内に受託者が委託者から現に受領した対価の額、具体的な上限額等を基準に損害賠償責任の累計総額を定める。
(4)損害賠償責任の制限が適用される請求原因
⇒債務不履行、契約不適合、不法行為その他請求原因の如何を問わず全てに適用されることを規定する。
(5)損害賠償責任の制限が適用されない場合
⇒受託者に故意又は重過失があるときは、損害賠償責任の制限が適用されないことを規定する。
【特許権等の知的財産権の帰属】
システム開発基本契約(多段階契約型)では、次のような形で受託者が業務を履行している間に生じた特許権等の知的財産権(ノウハウ及び特許その他の知的財産権を受ける権利を含み、著作権を除きます。)の帰属について、規定することが通常といえます(これと同時に委託者及び受託者がそれぞれ自らの従業員から上記の特許権等の知的財産権をあらかじめ取得することを互いに義務付けることがあります。)。
(1)単独で上記の特許権等の知的財産権を発明、考案又は創作した場合
上記の特許権等の知的財産権を発明、考案又は創作した当事者に上記の特許権等の知的財産権が単独で帰属します。
(2)共同で上記の特許権等の知的財産権を発明、考案又は創作した場合
委託者及び受託者のそれぞれの貢献度を考慮して協議で定めた持分割合により、委託者及び受託者が上記の特許権等の知的財産権を共有します。
その上で共有する上記の特許権等の知的財産権について、委託者及び受託者は、相手方の承諾及び相手方に対する対価の支払いをすることなく、自ら上記の特許権等の知的財産権の実施等をし、又は上記の特許権等の知的財産権について、第三者に対して通常実施権等を許諾することができます。
なお、受託者は、許諾の対価が委託料に含まれることを前提に、自らに帰属した上記の特許権等の知的財産権について、委託者がシステムを使用するのに必要な範囲で委託者に対して通常実施権等を許諾することがあります。
【納入物の著作権の帰属】
システム開発基本契約(多段階契約型)では、次のいずれかの形で受託者が業務を履行している間に生じた納入物の著作権の帰属を規定します。
(1)受託者又は第三者が従前から保有していた著作権を除き、受託者から委託者に対して次のいずれかの段階で納入物の著作権(著作権法第27条及び同法第28条に定める権利を含みます。)を移転させた上で、委託者は、上記で受託者に著作権が留保されている著作物を自己利用の範囲で利用できることとし、受託者は、委託者に対して著作者人格権を行使しないとする方法
1.創作時
2.納入時
3.検収時
4.委託料の完済時
(2)委託者又は第三者が従前から保有していた著作権を除き、納入物の著作権(著作権法第27条及び同法第28条に定める権利を含みます。)は、受託者に帰属し、委託者は、上記で受託者に著作権が帰属した納入物を自己利用の範囲で利用できることとし、受託者は、委託者に対して著作者人格権を行使しないとする方法
【受託者による横展開】
システム開発基本契約(多段階契約型)では、受託者による横展開を目的として、納入物の著作権(著作権法第27条及び同法第28条に定める権利を含みます。)が受託者に帰属する場合には、受託者が秘密保持義務に抵触しない範囲で、納入物の著作権(著作権法第27条及び同法第28条に定める権利を含みます。)について、その利用を第三者に許諾し、又はその複製物をパッケージ販売することができる旨を確認することがあります。
【解除】
システム開発基本契約(多段階契約型)では、解除条項において、次の解除を規定することが一般的です。
(1)約定解除
⇒一定の解除事由に該当した場合にシステム開発基本契約(多段階契約型)又は個別契約の全部又は一部の解除を認めるもの
(2)債務不履行解除
⇒相手方がシステム開発基本契約(多段階契約型)又は個別契約のいずれかの条項に違反し、相当な期間をた定めて相手方に対して催告を行ったのにもかかわらず、相手方が債務不履行を是正しない場合にシステム開発基本契約(多段階契約型)又は個別契約の全部又は一部の解除を認めるもの
その上で個別契約が解除された場合(受託者の帰責事由により委託者が個別契約を解除した場合を含みます。)、又は委託者の責めに帰すことができない事由により個別契約上の業務が履行不能となった場合には、受託者は、予定工数に対する解除時点までの完了工数の割合を個別契約で取り決めた委託料に乗じた額について、解除時点までの作業結果を納入物として受託者が委託者へ納入することを条件として、委託者に対して請求できるとすることがあります。
【個人情報】
システム開発基本契約(多段階契約型)では、運用テストの段階で委託者から受託者に対して顧客情報、従業員情報等の個人情報が提供される可能性があるため、受託者がこれらの個人情報を適切に管理し、又は第三者へ開示しないことが規定されることが多いといえます。
個人情報は、受託者に関する情報ではなく、本人に関する情報であるため、これらの義務については、システム開発基本契約(多段階契約型)が終了した場合といえども、引き続き存続する形が多いといえます。
なお、個人情報を提供する場合には、個人を特定できないように個人情報を加工するよう委託者に努力義務を課す場合があります。
【第三者ソフトウェアの利用】
システムに搭載する機能又はその仕様の一部を実現するために第三者ソフトウェアを利用しなければならないことがあるため、次の事項がシステム開発基本契約(多段階型契約)に規定されることが多いといえます。
(1)受託者が必要又は有益と考えたときは、受託者は、委託者に対し、第三者ソフトウェアの利用を提案し、併せてその第三者ソフトウェアの名称、利用条件、メリット、デメリット、制限事項等を通知する。
(2)委託者は、(1)の提案に基づき自らの責任でその第三者ソフトウェアの採否を決定し、その第三者ソフトウェアの採用を決定したときは、自らの責任と費用負担によりその第三者ソフトウェアのライセンス契約を締結する。
(3)受託者は、その第三者ソフトウェアに著作権侵害その他の権利侵害がないこと及び不具合がないことを保証しない。ただし、委託者がその第三者ソフトウェアの採用を決定した時に、受託者がその第三者ソフトウェアに著作権侵害その他の権利侵害があり、若しくは不具合があることを知り、又は重過失により知らずにその権利侵害若しくはその不具合を委託者へ告げなかったときは、この限りでない。
【臨時に業務範囲外の作業を行った場合の対応】
受託者が開発作業を実施している間に外部から攻撃を受け、臨時に受託者がその原因を特定し、その原因を解消するための作業を実施する等受託者が臨時に業務範囲外の作業を実施したときは、委託者と受託者との間で協議して取り決めた相当な委託料を委託者が受託者へ支払うとすることがあります。