【意義】
基本契約書とは、売買又は委託に関する取引が反復継続して行われる場合において、これらの取引に共通して適用される条項を定めた契約書のことをいい、売買基本契約書、製造委託基本契約書、部品取引基本契約書、資材取引基本契約書等様々な形で用いられます。
売買又は委託に関する取引を反復継続して行う場合、その都度契約書を作成するのは、手間がかかるため、個々の取引に共通して適用される条項を基本契約書に定めることがあります。
【基本契約で考慮すべき点】
基本契約は、長期の契約を前提とする契約であるため、事業環境の変化により取引をやめたい、契約内容を変更したい等といった要望が出てきます。
そのため、基本契約では、契約期間の更新方法、契約内容の変更方法等については、当事者間で明確に合意した上で契約締結する必要があります。
【基本契約の変更】
基本契約成立後にその内容を変更する場合の要件については、代表者の記名押印のある書面によってのみ変更できる旨の条項を規定することが望ましいといえます。
これは、書面を要するとした方が変更の有無が明確になり、さらには、現場で勝手に基本契約の内容が変更されるといった事態を回避できることによります。
【基本契約書の使い方】
当事者間で基本契約を締結し、個々の取引を成立させる場合には、別に個別契約を締結することになります。個別契約を成立させる方法として、実務では、注文書の交付と注文請書の交付による成立が一般的です。
【個別契約の成立要件を規定することの重要性】
基本契約書では、買主又は委託者による注文書の交付と売主又は受託者による注文請書の交付がそれぞれなければ個別契約が成立しない旨の条項を定めた上で個別契約の成立要件を規定することが重要となります。
これは、個別契約の成立要件を規定しないと商法の規定が適用され、買主又は委託者が平常取引をする者であり、これらの者から売主又は受託者が個別契約の申込みを受けたときは、遅滞なく、これらの申込みに対する諾否の通知を発しなければ、これらの申込みを承諾したものとみなされ、注文請書を交付しなくても、自動的に個別契約が成立したことになってしまいます。
これだと、売主又は受託者が注文書の存在を失念していたケースでも個別契約が成立してしまい、売主又は受託者の合理的意思とは、かけ離れた結果となります。
そこで買主又は委託者による注文書の交付と売主又は受託者による注文請書の交付がそれぞれなければ個別契約が成立しないと規定し、商法の規定とは違う取扱いをすることが重要となります。
なお、買主又は委託者としても注文請書の交付を受けることにより、個別契約の成立を確認できるため、買主又は委託者にもメリットがある方法となります。
【目的物の納期遅れ】
売主又は受託者が買主又は委託者へ納品予定の目的物に納期遅れがあった場合、債務不履行となり、買主又は委託者は、売主又は受託者に対し、損害賠償請求をすることができます。
この点、基本契約書上にも、確認的に買主又は委託者から売主又は受託者へ損害賠償請求を行うことができる旨の条項が定められることが多いといえます。
ただし、売主又は受託者の責めに帰すべき事由がないのにもかかわらず、納期遅れがあれば、直ちに売主又は受託者が損害賠償責任を負う旨の条項は、売主又は受託者にとって酷であるため、売主買主間又は委託者受託者間でその内容を検討する必要があると考えられます。
【所有権及び危険負担】
目的物の所有権の移転時期については、売主買主間又は委託者受託者間の合意で決めることができ、概ね次のいずれかが選択されることが多いといえます。
(1)目的物の引渡時
(2)目的物の検査合格時
(3)代金完済時(売主又は受託者にとっては、機械、器具、備品等の目的物を買主又は委託者が自らの手元に置いたまま使用収益するような場合には、向いているものの、買主又は委託者が目的物を第三者へ転売するような場合には、第三者による即時取得が成立するおそれがあるため、不向きとされます。)
(1)から(3)の順に従い、売主又は受託者にとっては不利となる代わりに、買主又は委託者にとっては有利となります。
実務では、目的物の所有権の移転時期については、(1)目的物の引渡時又は(2)目的物の検査合格時が選択されることが多いといえます。
なお、(3)代金完済時を選択した場合、代金が完済されるまで目的物の所有権が売主又は受託者に留保され、代金完済までの間、買主又は委託者による目的物の使用収益の条件、代金不払時の売主又は受託者による返還請求の詳細等が問題となるため、別途所有権留保特約を規定する必要があります。
次に目的物の危険負担の移転時期については、上記の所有権の場合と同様に売主買主間又は委託者受託者間の合意で決めることができ、概ね次のいずれかが選択されることが多いといえます。
(1)目的物の引渡時
(2)目的物の検査合格時
(3)代金完済時
(1)から(3)の順に従い、売主又は受託者にとっては有利となる代わりに、買主又は委託者にとっては不利となります。
実務では、目的物の危険負担の移転時期については、(1)目的物の引渡時又は(2)目的物の検査合格時が選択されることが多いといえます。
【品質保証】
基本契約書では、目的物の品質維持の観点から、売主買主間又は委託者受託者間で品質保証の取決めがなされることがよくあり、この場合、売主又は受託者が買主又は委託者へ納品する目的物の品質が買主又は委託者の要求する品質に適合することを売主又は受託者に保証させる形になります。
上記の保証のために売主又は受託者に品質管理基準、検査方法等の整備を通じて品質管理体制の維持を義務付けることが多いといえます。
また、売主又は受託者の品質管理体制をチェックするため、売主又は受託者の承諾を得た上で買主又は委託者が売主又は受託者の事業所、工場等に立入調査を行うことができるとすることがあります。
なお、品質保証の取決方法については、(1)基本契約書に品質保証に関する事項を全て定める場合又は(2)基本契約書に品質保証に関する事項を定めず、「品質保証協定書」に委任する場合の二通りの方法があります。
【技術指導】
製造委託関連の基本契約においては、買主又は委託者に技術力があり、自己で製品を製造できるにもかかわらず、人件費が安い等の理由で製造委託を行うことがあり、買主又は委託者から売主又は受託者へ技術指導を行う場合があります。
なお、技術指導に関する条項を定める場合、次に掲げる事項を売主買主間又は委託者受託者間で合意することが多いといえます。
(1)技術指導の実施を委託者の裁量とするか?それとも委託者の義務とするか?
(2)技術指導の実施により生じる費用をどちらが負担するか?
【目的物と同一又は類似の物の製造禁止】
買主又は委託者の技術が流出することを防止するため、売主又は受託者は、目的物と同一又は類似の物を製造する業務を第三者から受託し、又は自らのために目的物と同一又は類似の物を製造し、若しくは販売してはならないとすることがあります。
なお、上記の制限が適用される期間については、売主又は受託者の事業活動を過度に制限し、公序良俗に反すると評価されないようにするため、基本契約の有効期間中及びその終了後一定期間内(基本契約終了後概ね3年まで)に限ることが望ましいとされます。
【商標】
売主又は受託者が目的物及びその梱包材に買主又は委託者の商標を付すことがあるため、その場合の使用許諾条件、注意事項等を基本契約において取り決めることがあります。
【運送業者】
売主又は受託者が買主又は委託者へ目的物を引き渡す場合、売主又は受託者が自ら行うのではなく、運送業者を通じて行うことが多いといえます。
もし、その運送業者の責めに帰すべき事由により債務不履行が生じた場合、その運送業者は、履行補助者と位置付けられるため、売主又は受託者がその責任を負うことになります。
そこで、その旨を確認することを目的として、基本契約において、運送業者の責めに帰すべき事由により債務不履行が生じた場合、売主又は受託者がその責任を負う旨の条項を定めることがあります。
【任意売却】
基本契約では、買主又は委託者が期日までに目的物を受領しないときは、売主又は受託者は、買主又は委託者へ通知することにより、その目的物を第三者へ任意に売却し、その売却代金を買主又は委託者に対する損害賠償請求権を含む一切の債権の弁済に充当することができるとすることがあります。
これにより買主又は委託者の受領遅滞に伴い売主又は受託者に生じる保管費用の増大を回避し、投下資本の回収も行えることになります。
ただし、汎用性のない目的物については、買手がつかず、任意売却の可能性が低いため、通常、この条項が用いられるのは、汎用性のある目的物を対象とした基本契約に限られるといえます。
【通知義務】
基本契約では、売主又は受託者から目的物が安定的に供給されるか否かについては、買主又は委託者としては、重大な関心事であるため、売主又は受託者の工場の移転、組織変更、合併その他重大な変更が生じたときは、売主又は受託者は、買主又は委託者へその旨を通知しなければならないとすることが多いといえます。
なお、実務では、通知方法として買主又は委託者所定の調査票を提出することにより行われることがあります。